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岡山地方裁判所 昭和44年(行ウ)41号 判決 1978年9月06日

岡山市丸の内二丁目一四番五号

原告

山本広子

右訴訟代理人弁護士

豊田秀男

嘉松喜佐夫

岡山市天神町三番二三号

被告

岡山東税務署長 小川吉宏

右指定代理人

河村幸登

菅近保徳

加藤堅

石井美登志

長安正司

岩井清

重村誠

右当事者間の昭和四四年(行ウ)第四一号所得税更正処分取消、過少申告加算税賦課処分取消請求事件について、次のとおり判決する。

主文

被告が昭和四二年五月三一日付で原告に対してなした、原告の昭和四一年分所得税の更正処分のうち、原告の営業所得額を金六九万七六五四円と更正する限度を超える部分、および過少申告加算税賦課決定処分のうち、右の営業所得額を超える更正額に対応する部分は、いずれもこれを取消す。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告の、各負担とする

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

「被告が昭和四二年五月三一日付で原告に対してなした、原告の昭和四一年分所得税の課税標準たる所得金額を七九万九〇〇〇円とした更正処分のうち、一五〇、〇〇〇円を超える部分および過少申告加算税四三〇〇円の賦課決定処分をいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和四一年分の所得税の確定申告を、被告(但し、昭和四九年大蔵省令第五九号による税務署の管轄区域の改正前で、当時は岡山税務署長)に相談のうえで、総所得金額を一五万円として行ったところ、被告は昭和四二年五月三一日付で原告に対して、原告の昭和四一年分の所得税の課税標準たる所得金額を七九万九〇〇〇円とした更正処分(以下「本件更正処分」という)および過少申告加算税四三〇〇円の賦課決定処分(以下「本件賦課処分」という)をし、その頃、その通知が原告に到達した。

(二)  昭和四二年七月五日、原告は被告に対して、本件更正処分、本件賦課処分に対する異議申立をしたが、同年九月二六日、被告が異議棄却の決定をしたので、同年一〇月二六日、原告は広島国税局長に対して、審査請求をしたが、昭和四四年一月二一日付で、請求棄却の裁決がなされ、同月二三日、その通知が原告に到達した。

(三)  本件更正処分には次のとおりの違法性がある。

1 本件更正処分は憲法第一四条第一項、第二一条第一項、第二五条、第二九条に違反するものである。

(1) 原告が昭和四〇年から洋酒スタンド「ルナ」(以下「ルナ」という)を営むことになったのは、当時、中小商工業者の民主的組織である全国商工団体連合会傘下の岡山県商工連合会(以下「岡山民商」という)が発足当初であって、会員数も少なく、会費のみでは会の活動資金として不充分であったので、営業利益が挙がれば、幾らかでも会の活動資金援助をするためであり、岡山民商会長の内妻であった原告が、会員から開業資金を借受けて開業したもので、原告も会員である。

(2) 被告は上級庁の方針を受けて岡山民商の組織を破壊しようと、種々の攻撃をしかけていたものであるが、右のような目的、資金によって開業された原告の「ルナ」の営業に、抜打的に攻撃を加えることによって、岡山民商の組織に動揺を与え、破壊することを目的として、本件更正処分をなしたものであることは、本件更正処分の理由が、「自主申告、要修正呼出日五月一五日出署もなく、何等の連絡もなし」という懲罰的なものであったこと、営業初年度の原告に対し違法な事前調査を行い、年度の途中である右事前調査の段階で、調査担当官によって原告に対して推計課税を行うことが決定されていたことなどから明らかである。したがって、本件更正処分は憲法第一四条、第一九条、第二一条第一項、第二九条に違反するもので、無効である。

2 本件更正処分は申告権を侵害したものである。

(1) 所得税法は申告納税方式をとっており、申告納税方式における税額は、納税者のする申告により確定するのが原則とされており、特定の場合に限り税務署長の処分により確定するものとされている(国税通則法第一六条第一項第一号)。したがって、この場合の税務署長の権限は税額確定の補充権に過ぎないのであるから、税務署長が更正処分を行うについては、納税者からの事情聴取や釈明を求めるなど、納税者の申告権を尊重した手続が履践されることが必要であり、これらの手続を履践しない補充権の行使は、申告権を無視したもので、違法である。

(2) 被告は本件更正処分を行うについて、原告に対する事情聴取、釈明を求めるなどの手続を何も行わず、呼出し葉書が原告に到達したか否かを確認もしないで、前記のとおりの理由で本件更正処分を行ったのであるから、本件更正処分は原告の申告権を著しく侵害したものであって、違法である。

3 本件更正処分は国税通則法第二四条に違反している。

(1) 国税通則法第二四条は税務署長が更正処分を行う要件として、納税申告書に記載された課税標準額等又は税額等が、その調査したところと異るとき、と定めている。右の規定からすると、更正処分を行うための要件としての調査は、申告後の調査をいうものであり、当該年度経過前の事前調査をもって、更正処分を行うための要件としての調査というこはできない。しかるに、被告は、原告が確定申告を行った後には、原告の所得金額認定のための調査を何も行わないで、本件更正処分を行ったものである。

(2) 仮に、事前調査も更正処分を行うための調査の一つであるとしても、更正処分を行うためには、当該納税者について個別にその所得金額を推計できるだけの調査がなされていなければならない。しかるに、被告が原告について行った事前調査は、昭和四一年一〇月頃に行った「ルナ」の店補の広さ等の見分のみで、原告の仕入先、得意先、取引銀行等、原告の所得金額を推計できるような原告についての個別的な調査は、何もなされていないから、本件更正処分は違法である。

(四)  よって、原告は本件更正処分のうちの原告の確定申告額を超える部分および本件更正処分に伴って行われた本件賦課処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  原告の請求原因(一)、(二)の事実はいずれも認める

(二)  同(三)の事実のうち、原告に対する本件更正処分等の通知書の理由欄に、同(三)の1の(2)の原告の主張のとおりの記載がなされていたこと、被告が昭和四一年一〇月に「ルナ」の店舗等について事前調査を行ったことは認めるが、その余の事実および主張はすべて争う。

三  被告の抗弁

(一)  被告が本件更正処分を行うに至った経過は次のとおりである。

1 被告は管内のバー、スタンドバー、キャバレー等の飲食業者の昭和四一年分の所得を現況により把握するため、原告については、昭和四一年一〇月一八日夜間の営業時間中に、被告の所部係官が「ルナ」に赴いて調査を行った。その際係官が原告に対して営業に関する帳簿類の提示を求めたが、原告は、何ら記帳を行っていない旨回答して、その提示をせず、仕入先についても、一定していない旨回答して、明らかにせず、僅に雇人の給料、店舗の賃料についての質問に答えたのみであったので、係官は、原告の協力を得られなくても調査ができる店舗の広さ、客席数、什器備品の種類、程度、在庫酒の種類、等級等の現況把握程度の調査をした。

2 昭和四二年三月一〇日、原告が確定申告のために来署した際、申告に先立って、担当係官が申告相談に応じたが、担当係官が原告に業況、記帳の有無、関係書類の有無等を尋ねたのに対して、原告は記帳は行っておらず、仕入も一定しておらず、赤字であると述べるのみで、具体的な根拠は何も説明しなかった。そして、当日、原告が提出した昭和四一年分所得税の確定申告書には、所得金額一五万円、申告納税額一〇四〇円とのみ記載され、収入金額、必要経費等は一切記載されていなかった。

3 被告は、原告の右申告の所得金額の内容、根拠等を明らかにしてもらうため、来署日時を昭和四二年五月一五日とした、来署依頼のはがきを原告に宛てて発信したが、原告は来署せず、また何の連絡もなかった。

4 右のとおり、被告の調査に対して原告が、営業に関する帳簿は記帳していない、仕入先も一定していないと述べて調査に協力せず、申告に際しても同様の態度をとり、所得金額の内訳も明らかにせず、来署依頼にも応じなかったものであり、その申告所得額は過少と認められたので、被告は国税通則法第二四条、第二八条、第六五条により、やむなく、推計によって原告の所得金額を認定したものであるが、その方法は、原告と同一地域の同規模程度の同業者の、事業従事員一人当りの平均的な売上高に、原告の従事員数二を乗じ、「ルナ」の実地調査によって把握した事業規模、即ち従事人員の構成、立地条件、店舗の広狭、店内装備の良否、在庫酒の種類等を検討して修正した率を乗じ、さらに同業者の平均的所得率を乗じて得た額から、雇人費、店舗家賃等の特別経費、料理飲食等消費税(以下「料飲税」という)を差引いて、所得金額を七九万九〇〇〇円と算出し、別表一記載のとおりの本件更正処分、本件賦課処分を行ったものである。したがって、本件更正処分が原告の申告権を侵害したものであるという主張、被告が原告についての調査を行わないで本件更正処分を行ったという主張は、いずれも失当である。

(二)  原告に対する本件更正処分等の通知書の理由欄に、原告主張のとおりの記載がなされたのは、右通知書を記載した岡山税務署所得税第二課一係の係員島村富貴男が、右通知書と同時に複写紙を用いて記載したうえ、被告の手元に保管される本件更正処分等の決議書の備考欄に、原告主張の記載内容を記載するに当って、複写紙を取り外すのを忘れたために、通知書の理由欄に原告主張の記載がなされてしまったものであり、全く、被告の事務処理上の手違いに因るものであり、右の記載内容が本件更正処分の理由ではない。右のような事務処理上の手違いは、それ自体、本件更正処分の手続を違法とするものではないが、元来、原告は白色申告者であるから、原告に対する更正処分の通知については、理由の附記を要しないものであるので、通知書に記載された理由の不備は、更正処分を違法とする理由とはならない。

(三)1  原告は、その営業について日計表、料理飲食等消費税台帳(以下「料飲税台帳」という)を記帳していたのみで、金銭出納帳、売掛帳すら記載しておらず、しかも日計表も売上を総計で記載しているのみで、その内訳、原始記録の保存がないうえ、昭和四一年の営業日の全部について作成されていたのではなく、同年一〇月分までしか作成されていない。

2  被告が原告作成の日計表を検討したところ、(1)原告作成の料飲税台帳の記載からは営業日となっている日について、日計表が作成されていない日が二日あり、(2)日計表の記載から売掛先の住所氏名が判明したものについて反面調査を行ったところ、福成衣料株式会社外三名について、日計表には売上の記載洩れのあることが判明し、(3)料飲税台帳と日計表の各記載を対照したところ、日計表には、岸本外六名に対する売掛金の入金の記載洩れのほか、掛売上げの記載洩れのあることが判明したので、日計表の記載には信憑性がないものと認めた。

3  そこで、被告は原告の営業の主要原材料であるビールの仕入数量を、原告の日計表の記載、仕入先の調査によって把握し、これを基礎として別表第二記載のとおりの方法によって原告の収入金を推計し、これと岡山税務署(当時)管内の類似同業者の平均所得率、原告についての特別経費(家賃、雇人費、減価償却費、貸倒損、料飲税)に基いて、原告の所得金額を算定したところ、別表三記載のとおり原告の所得金額は八五万五、〇六二円となった。

4  したがって、右金額の範囲内でなされた本件更正処分は適法である。

5  被告が原告の所得金額を算定するについて採用した、同業者の所得率五三・八一パーセントという数値は、岡山税務署管内の原告と同一地域で、同様の営業形態で営業を行っている者で、青色申告者一名、白色申告者で被告の更正処分に対して一旦異議申立をしたが、被告が調査した結果を開示したところ、これに納得して納税した者二名計三名の平均値であり、右三名の課税基礎となった収入、経費等の金額は、右の事情からいずれも正当な金額と推認できるものである。

(四)  所得税法第二三四条第一項は税務職員の質問検査権を認めているが、その時期、場所、範囲、程度等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度に止るかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであり、暦年終了前、または確定申告期間経過前においても質問検査することが許されているのであって、事前調査を行うことが違法であるという原告の主張は失当である。

(五)  更正処分の取消請求訴訟において、更正処分の手続自体の違法性が、処分取消の理由となるか否かの点は別として、処分の内容自体の点に関する限り、税務訴訟の訴訟物が総額としての当該係争年分の原告の所得であることは、従来からの通説であり、そのことから、右立証のために、口頭弁論終結時までの新たな資料の提出が許されることも確立した判例というべきであるから、被告が本件更正処分後の調査によって得た資料によって、本件更正処分の正当性を立証することは何ら差支えないとともに、本件更正処分当時被告が行っていた調査内容自体がどのようなものであったかを穿さくすることは、無意味である。

四  抗弁に対する原告の答弁

(一)  被分の抗弁(一)の事実のうち、昭和四一年一〇月一八日、岡山税務署職員が「ルナ」の店舗の広さ等を見分したこと、昭和四二年三月一〇日、原告が確定申告を行う前に、岡山税務署職員に申告相談をしたこと、原告が提出した確定申告書に、被告主張のとおりの記載のみをしたことは認めるが、被告が原告の所得金額を推計によって認定したことが適法であるという主張、およびその認定した額が正当であるという主張はいずれも争う。

(二)  同(二)の主張は争う。

(三)  同(三)の事実のうち、原告が作成していた日計表に若干の記載洩れ等があったことは認めるが、日計表の記載に信憑性がないということ、および被告が主張する原告の所得額の推計方法に合理性があるということはいずれも否認する。

(四)  同(四)、(五)の主張はいずれも争う。更正処分取消訴訟の訴訟物は当該処分をなした時点における当該処分の適法性の有無であると解すべきであることは、国税通則法第二六条が、処分後の調査によって、異る事実が判明した場合には、再更正が行われることを建前としていることからも明らかである。

第三証拠関係

一  原告

(一)  甲第一ないし第一四号証を提出。証人佐々木博、同谷正夫(第一、二回)同中村綾子、同内田幸弘の各証言、原告本人尋問の結果を援用。

(二)  乙第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第七号証の一ないし三、同第九号証の一ないし二二がいずれも真正に作成されたこと、乙第一四号証の一ないし二二の各原本が存在し、右原本が真正に作成されたことはいずれも認める。その余の乙号各証が真正に作成されたということはいずれも知らない。

二  被告

(一)  乙第一ないし第三号証、同第四号証の一ないし五、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし四、同第七号証の一ないし五、同第八号証、同第九号証の一ないし二二、同第一〇ないし第一三号証、同第一四号証の一ないし二二、同第一五号証(同第一四号証の一ないし二二、同第一五号証はいずれも写)を提出。証人小林要、同浅野澄治、同秋久貞巳の各証言を援用。

(二)  甲号各証がいずれも真正に作成されたことは認める。

理由

一  原告の請求原因(一)、(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件更正処分は憲法第一四条第一項、第二一条第一項、第二五条、第二九条に違反するものである、という原告の主張について

(一)  原告に対する本件更正処分等の通知書の理由欄に、「自主申告、要修正呼出日五月一五日出署なく何等の連絡もなし」と記載されていたことは当事者間に争いがない。

(二)  証人佐々木博の証言、原告本人の供述によると、昭和三八年に組織された岡山民商の、昭和三九年以降会長の職にあった佐々木博と内縁関係にあった原告が、岡山民商会員から開業資金を借受けて、昭和四〇年一〇月から「ルナ」の営業を始めたこと、原告も岡山民商の会員であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  しかしながら、本件更正処分をなす以前に、当時の岡山税務署長もしくは岡山税務署の担当職員が原告が岡山民商会員であることを知っていたという事実を認めるに足りる証拠はないから、右の事実を前提とする原告の前記の主張は他の点について判断するまでもなく採用できない。

三  本件更正処分は原告の申告権を侵害したものである、という原告の主張について

(一)  昭和四一年一〇月一八日に、岡山税務署職員が「ルナ」の店舗内の見分を行ったこと、昭和四二年三月一〇日、原告は、昭和四一年分所得税の確定申告書を提出する前に、岡山税務署の担当職員に申告相談をしたこと、原告が提出した確定申告書には、別表一記載の申告額欄に記載の各金額だけが記載されていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  右(一)の当事者間に争のない事実と、証人佐々木博、同浅野澄治、同秋久貞巳の各証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

1  被告は、岡山税務署管内のバー、スタンド、キャバレー等業況変化が比較的大きい飲食業者の、昭和四一年分の所得を現況によって把握する資料を蒐集するために、同年一〇月一八日頃、二日間に亘って岡山市中心部の飲食店の密集地域に在る飲食店について、担当職員に調査を行わせた。原告の店舗「ルナ」には、同月一八日夜間の営業時間中に、当時岡山税務署所得税第二課第一係長であった浅野澄治外一名の担当職員が右の調査に赴き、原告に対して、売上げ、仕入れ、経費等の営業に関する帳簿類の提示を求めたところ、原告は、右のような帳簿類の記帳は行っていない旨を述べて、その提示をしなかった。また、右浅野らが原告に、売上金額、酒類の仕入先等を質問したのに対して、原告は、売上金額は少ない、酒類の仕入先は一定していない等の答をして、具体的な数額、仕入先等を述べず、具体的な数額を述べたのは、従業員に対する給料が日額一、〇〇〇円、店舗の賃料が月額二万円であるということのみであった。浅野らは「ルナ」の店舗の広さが約四坪位であること、店舗内の設備はカウンターが一個、客用椅子が一〇脚であることのほか、什器、備品の種類、程度、店舗にあった酒類の種類、数量等、原告の特段の協力を得ないでも、浅野らが見分できる範囲、程度の調査のみを行い、約二〇分間位で、同日の原告についての調査を終った。

2  昭和四二年三月一〇日、原告は昭和四一年分所得税の確定申告を行う前に、岡山税務署担当職員に申告相談をしたが、当日、原告は日計表、料飲税台帳、売掛帳等、「ルナ」の営業に関して原告が記載、作成してあった所得算定上の資料は一切携行せず、申告相談を担当した職員に対しても、主として、「ルナ」の営業収支が欠損であるということを述べたのみで、担当職員の、売上、仕入等の具体的数額、仕入先等に関する質問には答えなかった。

3  原告が所得額を一五万円として確定申告を行うことは、予め原告と佐々木博とが相談して決めたものであるが、右金額は、原告が記載、作成してあった日計表、料飲税台帳、売掛帳等によって、収支の計算を行って算出したものではない。

4  原告は、本件更正処分等に対する原告の異議申立について、被告が決定をするために調査を行わせた担当職員に対しても、料飲税台帳は提示したがその余の日計表、売掛帳等、原告が記載、作成していた「ルナ」の営業に関する資料は見せなかった。

右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  原告は、被告が本件更正処分を行うについて、原告に対する来署依頼の呼出し葉書が、原告に到達したか否かを確認せず、原告に対する事情聴取、釈明を求めるなどの手続を行わなかったから、本件更正処分は、申告納税方式によって認められている原告の申告権を侵害した違法なものであると主張するが、税務署長が更正を行うについて、納税者について直接事情聴取、求釈明等を行うべきことを定めた実定決規はないのみでなく、前記二の(一)の当事者間に争いのない事実と証人浅野澄治の証言によると、「ルナ」の所在場所に宛てた普通郵便によって、被告から原告に対して、原告が行った確定申告に関して、昭和四二年五月一五日に岡山税務署に来署を求める旨の通知を発したが、右郵便物は被告に返送されず、かつ原告から被告に対して、右の日に出署しないことについて何も連絡がなかったことが認められ、普通郵便であっても、郵便物が宛先に配達されず、かつ発信人に返送もされないことは、極めて異例のことであることが経験則上明らかであることからすれば、本件更正処分に関する事務担当職員であった浅野澄治らが、右の原告に対する通知が宛先に配達されたものと考えたことは自然であるといえること、および右(二)の1ないし3の各認定事実からすれば、被告が本件更正処分を行う前に、原告に対する事情聴取等を実際に行ったとしても、原告が、その記載作成していた日計表、売掛帳等のほか、被告が行う調査について客観的資料となる物を被告に提示したであろうとは考えられず、むしろ、原告は右(二)の1、2認定の調査、申告相談の場合と同様の対応をしたであろうと推測するのが合理的であると考えられることからすれば、本件更正処分を行うについて、被告が原告に対する事情聴取等を行わなかったことをもって、原告主張の申告権なるものを、法律形式的にも、実質的にも、被告が侵害したとはいえないから、原告の前記主張は採用できない。原告本人の供述のうちには、右認定の被告が発した普通郵便による通知を、原告は受領していない旨の供述があるが、仮に、右供述のとおりであったとしても、右の判断を左右しないことは、右に述べたところから明らかである。

四  本件更正処分は、国税通則法第二四条に違反している、という原告の主張について

原告は、被告が、原告の確定申告後には、原告について、その所得金額認定のための調査を何も行っておらず、また昭和四一年一〇月に原告について行った事前調査においても、原告の所得金額を推計できるような内容の調査を行っていないから、本件更正処分は国税通則法第二四条に違反するものであると主張し、前記三の(二)の1認定の、昭和四一年一〇月一八日に行った調査のほかに、本件更正処分前に被告が、原告に直接関係する、その所得金額認定の資料を蒐集したことを認めるに足りる証拠はなく、また、本件更正処分を行うについて、被告が原告の所得金額を推計する基礎としたと主張する、事業従事員一人当りの平均売上高、原告についての修正率、同業者の平均所得率等の具体的数額、数値、およびその算出の基礎となった資料がどのようなものであったかを具体的に認定するに足りる証拠もない。しかしながら、国税通則法第二四条にいう「調査」について、その基礎となる資料の種類、その蒐集の時期、方法等について特段の制限を定めた規定はなく、証人浅野澄治の証言によると、本件更正処分は、前記三の(二)の1認定の調査によって蒐集された直接原告に関係する資料のほか、被告が蒐集した原告の営業に関連性のある各種の資料およびこれらの資料を基礎とした被告の認定、判断に依拠して行われたものであることは認められるから、原告の前記主張は結局採用できない。

五  本件更正処分等の原告に対する通知書の理由欄に、前記二の(一)のとおりの記載がなされていたことは当事者間に争いがなく、右の記載内容が更正をする理由たり得ないものであることは言うまでもないが、証人浅野澄治の証言と弁論の全趣旨によると、右の理由欄の記載は、当時岡山税務署所得税第二課第一係の職員で、本件更正処分の通知書の記載を行った島村富貴男の過誤に因って記載されたものであることが認められるし、原告のようないわゆる白色申告者に対する更正処分の通知書には、理由を附記することを要しないものであるから、本件更正処分の通知書の理由欄の記載は、本件更正処分を違法なものとするものではないと解するのが相当である。

六  そこで、本件更正処分によって更正された原告の所得額の当否について判断する。

(一)  いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第二ないし第一一号証、乙第四号証の一ないし五、同第五号証の一、二、同第七号証の一ないし三、同第九号証の一ないし二二、証人谷正夫(第二回)の証言によっていずれも同証人によって作成されたと認められる甲第一二ないし第一四号証、いずれもその記載の形式、内容と証人小林要の証言によって真正に作成されたと認められる乙第六号証の一ないし四、同第七号証の四、五、その記載の形式、内容から、公務員がその職務上作成したものであって、真正に作成されたと認められる乙第八号証のうちの質問応答書の部分および右部分の記載によって富田良一によって作成されたと認められる同号証の商業帳簿の写の部分、証人小林要の証言によっていずれも同証人によって作成されたと認められる乙第一〇ないし第一三号証、および証人小林要の証言を合わせて考えると、次の事実が認められる。

1  原告の営業に関して、昭和四一年一月四日から同年一〇月二九日までの期間について(但し、一月から八月までの間は概ね一週間について一日の割合による日数、九月、一〇月については各一日を除く)は日計表が作成されているが、右日計表には各当日の、(1)現金売上の合計額、(2)入金先ごとの売掛金の入金額、(3)発生した売掛金の合計額、(4)支払先ごとの支払金額、(5)現金の入、出金の各合計額と現金の残高が記載されているが、(イ)売掛先および売掛先ごとの売上額の記載はなく、(ロ)掛仕入については、一月については津田屋(酒店)、丸福からの、二、三月については丸福からの各買掛の記載があるが四月以降については全く記載がない。

2  原告作成の料飲税台帳上は、昭和四一年三月二〇日、同年七月一五日に売上が記載されているが、右両日についての日計表は作成されていない。

3  日計表に売掛金の入金先として記載されている株式会社福成(日計表上は右会社代表者の姓である人見と記載)、有限会社井上電機工業所については、右各会社の支払金で日計表に入金の記載がなされてないものがあり、料飲税台帳記載の売掛金の発生額、入金額と日計表記載の右各金額との間に食い違いがあって、日計表記載の発生売掛金額の方が少ない日がある。

4(1)  日計表に記載されている原告の昭和四一年一月から同年六月までの代金支払済の酒類の仕入額は二九万八七〇六円、そのうちビールの仕入額は二三万三、六〇〇円(一箱二四本入り、一、六〇〇円のもの一四六箱)であるが、酒類小売業者である津田屋商店から、同年一月から同年六月までの間に掛仕入した酒類等の代金で日計表に記載されていないものの合計が四万七、一〇〇円である。右の期間の酒類以外の原材料の仕入額は一三万二、四七四円である。

(2)  料飲税台帳に記載された原告のビールの販売数量は、昭和四一年一月から同年六月までの間が計一、五四五本、同年七月から同年一二月までの間が計一、四八二本で年間合計三、〇二七本である。

(3)  料飲税台帳に記載された原告の昭和四一年一月から同年一二月までの間の総売上高は一〇五万六、七二八円、そのうちビールの売上高は四三万二、四一〇円であり、徴収した料飲税は合計二万七、六二九円である。

(4)  原告は、「ルナ」の賃料として、月額二万円を支払い、昭和四一年一月から同年一〇月までの間に、従業員の給料および店舗掃除の雑役夫の賃料(四月から一〇月までの七箇月)一万五、〇〇〇円の合計二七万八、九五〇円を支払った。

(5)  原告が開業に等り、「ルナ」の店舗の造作に要した費用は二七万円であり、右造作の年間減価償却費は二万四、三〇〇円である。

(6)  原告の昭和四一年中の売掛金債権のうち、七、〇五三円が債務者の所在不明のために貸倒れとなった。

5  日計表に記載された原告の昭和四一年一月から同年一〇月までの売上高は一七九万〇、六一七円、原料仕入額は六七万六、八六九円、通信交通費、水道光熱費、宣伝交際費、修繕費、消耗品費、接客装飾費、厚生費、雑費が計一六万七、九七四円、組合費等が三万二、九一五円である。

6  原告が「ルナ」の店舗に設置したエアコン、冷蔵庫、厨房器具、音響機器、暖房用機器、ガス設備、ガス機器の昭和四一年一月から同年一二月までの一年間の減価償却費は四万一、〇六七円である。

右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)1  右の(一)の1ないし3認定事実および右認定の日計表の記載方法から考えると、原告が日計表のほかに売掛金に関する記帳(売掛先およびその金額を個別に明らかにするものの作成)を行っていたものと、当然に推認されるにかかわらず、原告がこれを提出していないことからすれば、原告作成の日計表の記載、特にその収入に関する記載には信憑性がないものといわざるを得ないから日計表の記載のみに基いて、原告の営業上の収支を認定、推計することには合理性がないものといわなけばならない。

2  右(一)の4の(1)ないし(3)認定事実によると、原告の売上の主体となるものは、ビールによる売上であるということができるから、被告主張の別表二記載の、原告の売上高の推計方法自体は合理的なものということができる。ただし、前掲記の乙第九号証の二ないし五によると、被告は、原告の昭和四一年一月から同年六月までのビールの仕入の総量(一部推計による)と右期間の料飲税台帳記載のビールの売上数量とによって、原告の記帳率を算出している。(別表二の4ないし6)。しかし、前掲記の甲第七、八号証(昭和四一年六、七月の原告の日計表)、乙第八号証、同第九号証の二ないし六、同第九号証の一四ないし二一によると、原告は、津田屋から昭和四一年六月二五、二七日にそれぞれビール二箱宛を、難波屋から酒類を同月二九日に六、〇七〇円、同月三〇日に二、〇〇〇円仕入れたが、同年七、八月中の酒類の仕入は、難波屋から七月中に一万一、四八〇円、八月中に二万七、〇〇〇円(そのうち一万円は八月三〇日)だけであること、料飲税台帳上の原告のビールの売上数は、同年七月は一八一本(仕入価格で一万二、〇六七円)、同年八月は一八二本(仕入価格で一万二、一三三円)であることが認められることからすれば、原告が同年六月までに仕入れたビールのうち相当量が同年七、八月中に売られたものと推認するのが相当である。

ところで同年六月までに原告が仕入れたビールのうち七月以降に売られた数量を算出することは極めて困難であるが、前記(一)の4の(1)認定の酒類の仕入額のうちのビールの仕入額の割合と同様に、原告の同年七、八月の右認定の酒類仕入代金についても、その七八パーセントがビールの仕入れに充てられたものとすると、ビールの仕入代金は三万〇、〇一四円、一八・七五箱分(一箱一、六〇〇円)となるから、これを一八箱とすると四三二本となり、同年七、八月の料飲税台帳上のビールの売上数は前記のとおり合計三六三本であるが同年七、八月についても他の月と同様に料飲税台帳に記載されないビールの売上があったものと推認するのが相当であることからすれば別紙計算書記載のとおり原告が同年六月までに仕入れたビールのうち同年七、八月に売られた本数は四二一本であることになる。このように多量のビールが在庫となっていたとすることは、不自然、不合理とも考えられる。しかしながら同年七、八月だけが、酒類仕入代金が総てビールの仕入れに充てられ、かつビールの売上の全部が料飲税台帳に記帳され、しかも、一般的にはビールの売上が増加すると考えられる七、八月のビールの売上が、他の月に比して著しく少ないということをそのまま肯定することの方が、より不自然、不合理であると考える。

してみると、原告の同年一月から同年六月までのビールの売上数は三、六三五本となり、記帳率は四二・六パーセントであることになる。

3  右の記帳率に基いて被告主張の別表二の7以下と同様の計算方法によって、原告の総収入額を算出すると、記帳割合から推計したビールの年間売上は一〇一万五、〇四六円、ビール売上から推計した年間総売上は二四七万六、七一四円、合計総収入は二五〇万四、三四三円となる。

4  いずれもその記載の形式、内容と証人浅野澄治の証言によって、被告主張のとおりの文書であって、真正に作成されたと認められる乙第一ないし第三号証の各記載から算出される、原告と同業者である三名の平均所得率五三・八一パーセントによって、原告の所得を算出すると一三四万七、五八六円となり、これから前記六の(一)の4の(4)ないし(6)認定の特別経費(前記4の(4)認定の昭和四一年一〇月までの人件費からすれば、年間雇人費として、被告主張の三五万〇、九五〇円は相当額と認められる)と原告が徴収納付した料飲税二万七、六二九円を差引いた差引所得額は六九万七、六五四円となる。

5  右の同業者の平均所得率五三・八一パーセントの算出の基礎が、三名という僅少数の者の所得率であり、しかもその内一名は総収入額が五〇〇万円を超える者であるので、その妥当性について疑問を生じないではない。しかし、前記六の(一)の5認定の原告の日計表の記載による昭和四一年一月から同年一〇月までの原料仕入額六七万六、八九六円、標準経費に属する経費二〇万〇、八八九円の合計額八七万七、七五八円(支出に関するものであるから、日計表の記載は概ね正確なものと推認される)を一二箇月分に換算すると一〇五万三、三〇九円となり、これに標準経費に属する前記六の(一)の6認定の店舗設備品の減価償却費四万一、〇六七円を加算した一〇九万四、三七六円を右3認定の総収入二五〇万四、三四三円から差引いた所得は一四〇万九、九六七円となることからすれば、前記の平均所得率は妥当なものと見てよいものと考える。

(三)  してみると、本件更正処分は原告の所得額を六九万七、六五四円と更正する限度においては正当であるが、右の限度を超える部分は失当であり、したがって違法であるといわなければならない。

(四)  更正処分取消訴訟においても、処分の当否は、処分当時に既に被告が行っていた調査の結果のみによって判断されるべきであって、処分後に被告が得た資料をもって、処分の正当性の立証資料とすることは許されない、という原告の主張が採用できないものであることは、被告の主張するとおりであり、国税通則法第二六条の再更正についての規定も、更正処分後の調査によって、課税標準等についての認定が更正処分時における認定と異るものとなった場合について規定したものに過ぎないから、原告の右主張を正当とする根拠とはならない。

七  本件更正処分が前記のとおり原告の所得額を六九万七、六五四円と更正する限度において正当であり、右の限度を超える部分が違法である以上、本件賦課処分のうち、所得額六九万七、六五四円を超える部分に対応する部分も違法であるといわなければならない。

八  結論

以上のとおりであるから、本件更正処分および本件賦課処分の取消を求める原告の請求は、本件更正処分が原告の所得金額を七九万九、〇〇〇円と更正したうち、六九万七、六五四円を超える部分、および本件賦課処分のうち右超過部分に対応する部分の各取消を求める限度においては理由があるが、その余の部分はいずれも理由がないものといわなければならない。

よって、原告の請求を右の理由のある限度において認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺井忠 裁判官 浅田登美子 裁判官高山浩平は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 寺井忠)

別表一

別表二

別表三

計算書

原告が41年6月までに仕入れたもので同年7、8月に売上げられた本数をχ本とする。

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